第 163 回現代生物ゼミナール報告12/8

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第 163 回現代生物ゼミナール報告12/8

2023年12月27日 未分類 0

12 月 8 日(金)、甲南大学岡本キャンパス 14 号館地下ホール(多目的レクチャールーム)において生物部会との共催で、第163回現代生物ゼミナールが開催された。参加者は学会会員 6 名、部会会員 29名の合計 35 人であった。

(日程)
構内施設見学 12:15~12:45 電子顕微鏡、14 号館各フロアの紹介
(1)受付 12:30~12:50
(2)開会行事 12:50~13:00
(3)講演Ⅰ 13:00~14:25
演題「タンパク質の形とはたらき」甲南大学 理工学部教授 渡辺 洋平 先生
(4)講演Ⅱ 14:40~15:55
演題「基礎科学としての現代生態学」兵庫県立大学名誉教授 江崎 保男 先生
(5)閉会行事 15:55~16:00
(6)情報交換会 16:00~16:30


(講演記録)
講演Ⅰ 「タンパク質の形とはたらき」
甲南大学理工学部生物学科教授 渡辺洋平分子シャペロンを研究している。「ゆで卵をなま卵に戻す」はたらきを持つタンパク質を研究しているというと分かりやすいかもしれない。


生命現象においてタンパク質が重要であることを本学生物学科の 1 年生に確認している。学生が知っているタンパク質は、プロテインやコラーゲンなどである。生体を構成する有機物の半分がタンパク質であり、アミノ酸が結合してできている。タンパク質は DNA の遺伝情報が転写・翻訳されて発現するので、ヒトの遺伝子が 2 万種類だとすると、それだけタンパク質も多様であるといえる。そしてタンパク質は互いに関連し合い、生命活動が成り立っている。


タンパク質は特有の立体構造をとることで機能する。立体構造はアミノ酸の側鎖の中で疎水性のものどうしが水を避けるように内側に織り込まれてできていく。アンフィンセンのドグマは、「タンパク質の立体構造がアミノ酸配列に基づいて決まっている」という考え方である。

アンフィンセンらは、1950 年代にRNase というタンパク質が、尿素の存在下で変性し、尿素を取り除くと元の立体構造に戻ることを示した。しかし、この実験は限られた条件でしか再現できなかった。それは、1 本のポリペプチドでは立体構造が戻るが、たくさんのポリペプチドがあると互いのアミノ酸が影響し合って凝集してしまうからである。


分子シャペロンは、タンパク質が立体構造をとること(フォールディング)を助けるタンパク質であり、1980 年代にシャペロニンや Hsp70 などが見つかった。

ある分子シャペロンは「かご」と「ふた」を持ち、ポリペプチド鎖をかごの中に入れて折りたたんでいる。また、タンパク質の変性や凝集を防ぐはたらきをもつ分子シャペロンもあり、生卵が変性する70℃・10 分間でも、この分子シャペロンが共存するとゆで卵にならない。Hsp70(DnaK とも呼ばれる)などの分子は伸びているひも状のタンパク質を折りたたみ、Hsp104(ClpB とも呼ばれる)は凝集したタンパク質をほぐす分子シャペロンである。


分子シャペロンのはたらきは、初めにそのタンパク質をコードする遺伝子を壊すことで調べられる。
Hsp104 については、酵母を 44℃の環境において、普通では元に戻せるタンパク質の凝集反応が戻らなくなることを確かめた。次に、大腸菌に遺伝子組換えをおこない、目的のタンパク質を大量に手に入れ、カラムクロマトグラフィーで抽出・精製する。そして、X 線結晶構造解析や NMR 法、クライオ電子顕微鏡、高速原子間力顕微鏡、深層学習(ディープラーニングを用いた AI)を利用してその構造を解析している。


ClpB(原核生物の Hsp104)は、X 線結晶構造解析によって「m ドメイン」と呼ばれる分子シャペロンとして特徴的な部位と、ATP を分解する部位をもつことが分かった。ATP を分解する部位については、似たアミノ酸配列を持つ ClpA から予測することができた。

ClpB は 6 量体を形成し、リング構造をとっている。2017 年から使われているクライオ電子顕微鏡は、試料を結晶化させる必要がなく、生体内に近い環境で X 線構造解析よりも精密なタンパク質の立体構造を観察することができ、これを使うことで Hsp104 のリング構造や ClpB の m ドメインのらせん構造がはっきりわかってきた。


高速原子間力顕微鏡は、非常に細い針で試料が乗った基盤をつつくことで、その針の高さの情報から、タンパク質の動きを観察ことができる。この顕微鏡を使うことで、ATP 濃度が高くなると Hsp104 がリング構造をつくることや、ClpBが変性したタンパク質をどのようにほぐしているかについて分かってきた。


これまでにない精度でタンパク質の立体構造を予測できるようになっている。2019 年から 2020 年にかけて、深層学習が導入され、アミノ酸配列から立体構造を予測するプログラムの精度が急速に向上した。代表的なものにAlphafold2があり、GoogleColabでもその簡易版を用いて立体構造が予測できる。


アミロイドのようなタンパク質の凝集体も構造解析によって分かってきている。DnaK がつれてきた凝集体を、ClpB や Hsp104 がほぐすというしくみは、アミロイドが関係するアルツハイマーの治療にも役立つ可能性がある。


講演Ⅱ 「基礎科学としての現代生態学」
兵庫県立大学名誉教授 江崎保男
生態学の基礎理論の確立には、日本では川那部浩哉(京都大学名誉教授)が大きな役割を果たした。
1 生態学の近代史
・1927 年エルトンは食物連鎖の概念を「動物生態学」の中で提唱した。
・1859 年ダーウィンは自然淘汰の概念を「種の起源」の中で提唱した。兄弟に変異が存在することや形質が遺伝すること、大人になる前に死ぬ個体が多いこと、同種間で子供を残すための競争があることを取り上げた。自然淘汰に対して、人が関与する人為淘汰がある。人為淘汰によって多様化したカワラバトが、東京オリンピックの開催された 1964 年ごろに野生化し、現在のドバトになった。ドバトの体の色や模様は多様である。
・1976 年ドーキンスが「利己的な遺伝子」の中で自己犠牲的な行動は進化せず、利己主義は進化が促す(ライオンの子殺し、カマキリの共食いなど)ことを提言し、ダーウィニズムをめぐる論争に決定的なピリオドを打った。ただ、利己主義の明白な例外は子であり、親は命がけで外敵から子を守る(チドリの擬態と擬傷)。子に対する利他主義こそ利己主義の本質である。
・ハミルトンは近縁度(血縁度)を用いて、自身の遺伝子を残すしくみを提唱した。近縁度は 2 つの個体が遺伝的にどれだけ近縁かを示したものである。自分と親との近縁度は 2 分の 1、自分と子も 2 分の 1、姉妹兄弟も 2 分の 1 である。しかし、雄が半数体のミツバチでは、働きバチと姉妹の近縁度は 1/2×1/2+1/2=3/4 となり、自分と子の近縁度より高くなる。また、前年生まれの子が兄弟の世話をするフロリダヤブカケスや、群れ生活をするオナガ、血縁関
係にない個体がヒナの世話をするヒメヤマセミなど多様なヘルパーがいる。
・ダーウィンは自然淘汰を通して生物が生き残っていくと説いたが、ドーキンスは生き続けるのは遺伝子であり、遺伝子が仕向けているという発想を生んだ。親が子を大事にするのも、遺伝子が永遠に生きるために、一時的な乗り物である「からだ」を次々と乗り換えていると考えることができる。


2 生態学とは何か
・「生態」は「生活」ととらえることができ、生態学は集団の生物学、生活の科学であり、対象は地球表面全体である。
・1927 年エルトンは生態学を生物の社会学・経済学といった。エルトンは近代生態学の祖である。地域は景観単位で区切り、生物群集や個体群、食物連鎖、ニッチ(役割)などを説いた。
・生態ピラミッドには現存量ピラミッド、生産量ピラミッドなどがある。シカが増えると現存量のピラミッドがく
ずれてしまう。


3 群集
・生態学のメインターゲットは群集である。群集は変動しながらも安定している(変動安定=絶滅しない)。生態学は変動安定メカニズムの追求である
・個体群の生態学は、動物個体群の社会(動物社会学)であり、群れや縄張り、性などについて、個体間競争(自然淘汰による進化)を背景として考える学問である。


4 生物間相互作用
・種内競争の例としてオオヨシキリの一夫多妻がある。オオヨシキリは性比が1:1なので、雄が余る。雄が子を残せるかどうかは、5 月半ばを境に決まる。それまでに縄張りをつくった雄は、草むらの密度が高い場所を獲得できるが、5 月半ば以降では、密度が低く外から透ける場所になってしまう。
・弱肉強食は強いものが勝つという誤解を生じやすい。メイナードスミスは、タカとハトの思考実験を通して、生物が進化的に安定な戦略をとることを説いた。
・川の水面をシートで覆い、イワナのご馳走を遮断する実験では、イワナは底をつつくようになり、摂食行動を変化せた。
・1992 年高林は、植物が捕食者とその天敵との 3 者関係を積極的に利用していることを示した。
・1957 年内田は、アズキゾウムシとコマユバチの個体群密度の変動安定機構を示した。これは社会と経済との関係ともいえる。


5 進化生態学
・機能から進化の理由を考える究極要因と、仕組みから進化の理由を考える至近要因の概念がある。
・ラックは、クラッチサイズ(一腹卵数)の進化は、母親の栄養状態がトリガーになり、最も生産的な数に収まることを提唱した。これは、例えばシジュウカラが 8 個の卵を産む究極要因である。
・ハクチョウが冬に南下して日本に渡る理由は、エサがなくなるからである。


6 群集生態学
・動物群集の社会関係は、捕食-被食や、種間競争、寄生、労働寄生、協同などがある。
・2007 年江崎は「生態系って何?」の中で、生物群集をダイナミックなジグソ-パズルに例えた。種の絶滅はピースがなくなることであり、外来種導入はピースを無理やり押し込むことである。ともに生態系崩壊の危険性を示唆した。生物群集を俯瞰しないと、生物間相互作用だけでは群集の変動安定を論じられない。
・ハビタット(生息場)と生物群集を合わせてそのモデルの形が似ているドングリに例えてエイコン acornと名付けた。食物連鎖は生食連鎖に加えて、デトリタスを多様な生物が食べ分解する腐食連鎖がある。有機物は群集の中を循環する。


7 生態系の概念
・自然を物質循環の輪ととらえる。
・生態系のダイナミズムは生物のつながりと物質循環である。


8 森・川・海のつながりと循環
・湧昇のある海域ではリン酸濃度が高くなり、よい漁場になる。
・エネルギーは生態系の中を循環しない。
・ハビタットは場の概念であり、動的な舞台である。生物群集はその舞台の上で踊っている役者と言える。強い攪乱により、ハビタットは振出しに戻り、生物群集はその影響を大きく受ける。


9 生物多様性
・開発や乱獲、放棄・放置は生物多様性に大きなインパクトを与える。
・自然は衣食住の自動販売機に例えることができる。
・ハビタット(生息の場)と栄養流入さえあれば生態系は健全である。
・電子書籍「自然を捉えなおす」(江崎著)を参考にしてほしい。


10 コウノトリの現在と未来について
・個体数が増えているが、今後害鳥にならないか心配である。
・今後、人工巣塔は田んぼの中ではなく、自然状態に近い山裾に設置していく方が良い。田んぼの中では捕食者に狙われにくいこともあり、捕食圧が自然状態よりも低く、個体数が著しく増加していくのではないか。その結果、昆虫やヘビ、カエル、ネズミなども食べる獰猛なコウノトリがいろいろな生物を捕食することで、生態系のバランスが崩れてしまうことが懸念される。

(文責 高田崇正)

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